追悼ディープインパクト~前編~

2019年7月30日。お昼前にTwitterを見ていると突然衝撃的なニュースが入ってきました。

「ディープインパクトが亡くなったらしい」

その時点では真偽不明の情報だったが、しばらくして社台スタリオンステーション公式ホームページのリンクが貼られ、その情報がどうやら真実であるということが知られることとなる。

それでも僕はどうにも信じられなくて、わざわざ検索エンジンに「社台スタリオンステーション」と打ち込んで直接ホームページに確認しに行ったけど、やはりと言うべきが、亡くなったのは事実でした。

亡くなった直後にこういうブログを更新するのは少し卑しいんじゃないかとも思ったのだけれど、それでも書きたい気持ちが強かったので、今日はディープインパクトについて書いていこうと思います。

国民的行事となった凱旋門賞

僕がディープインパクトで強烈に印象に残っている出来事がある。

僕は当時まだ大学生で、月曜日から金曜日はきちんと大学に通う自分で言うのもなんだが勤勉な生徒だった。

ある月曜日の授業、あれは確か労働法の授業だったと思う。

端から見る限り堅物そうな教授が、こう切り出して授業を始めた。

「皆さん。今日は寝不足だと思いますが、授業の方はきっちりとやっていきましょう。」

寝不足の理由。それは紛れもなく『ディープインパクトが出走する凱旋門賞』だった。

「世界最高峰のレースにディープインパクトが挑戦する。」そのことがこれだけ世間の注目を集めていたのだ。

それまでともすると「たかがギャンブル」と毛嫌いされかねない「競馬」というジャンルが、オリンピックやサッカーのワールドカップ、WBCの決勝戦のような「国民的行事」として扱われた日。

結果敗れてしまったとは言え、その事実だけでずっと競馬が好きだった僕は嬉しかったし、自分の事でもないのに誇らしかった。だからこそ彼は「英雄」と呼ばれるのだと思う。

衝撃的だった新馬戦、もっと衝撃的だった若駒ステークス

そんなディープインパクトを僕は新馬戦から見ている。

この新馬戦。ともかく衝撃的だった。

ラスト5F(1000m)が57.8、ラスト4F(800m)が45.4。レースのラップを予想の参考にするようになって以来、こんな数字見たことないし、おそらく2000mで行われた新馬戦の中ではどちらも最速なのではなかろうか。

ただ、これはあくまで数字上の話。実際に見た僕は、ゴムマリのようなバネのきいた走りで、後続をあっという間に引き離していくレースぶりを見て「あぁ、これは凄い馬が現れた」と確信した。

そんな風に新馬戦だけで「あぁ、こいつは歴史的名馬になる。」と予感させたのはディープインパクトを除くと、それまで競馬好きだった僕をさらに競馬にのめりこむきっかけを作ったアグネスタキオンただ一頭だけだった。

これは何も僕に限ったことではなく、競馬評論家を何十年と続けてき井崎脩五郎さんも、ディープインパクトがデビューした翌日に開かれた、週末の有馬記念に向けてのイベントで「今まで見てきた中で一番『これは強い』と思ったレースは?」と聞かれた際に「昨日のディープインパクトの新馬戦」と答えている。

それくらい、みんなに衝撃を与えた新馬戦。しかし、その次のレースとなった若駒ステークスで彼はさらなる衝撃を与えてくれることになる。

このレース、ディープインパクトは後方からレースを進める。隊列は縦長。出走頭数が少なく、馬込みを捌く必要がないとはいえ、さすがに先頭との距離が離れすぎているとも思えた。

4コーナー、残り400m。ディープインパクトと先頭との差は10馬身は開いており、「さすがに届くのか?」とみんな不安になっていた。

直線。ディープインパクトは馬場の大外から真一文字に飛んでくる。比喩ではなく本当に飛んでいるかのように、伸びてくる。10馬身あった差はみるみる詰まり、先頭に並びかけると、今度はグングン引き離しにかかる。

終わってみれば5馬身差圧勝。とてつもないレースぶりに競馬関係者、ファンみんなが確信したであろう。

「今年はこの馬が三冠を獲る。」

4枠4番、青い帽子がディープインパクトです。

当たり前のように二冠達成

続く弥生賞ではやや苦戦するも何とか勝利。皐月賞の前哨戦としては及第点だったが、ディープインパクトの凄さを知っている者からすれば物足りない内容だったかもしれない。

続くクラシック三冠の初戦、皐月賞。ディープインパクトが負けるとしたらこのレースだろうと思っていた。

ストライドの大きなディープインパクトにとって小回りの中山競馬場は合っていないだろうし、大きな競馬場でもないから17頭の馬群を捌ききれないかもしれない。

レースではスタートで落馬寸前になるほどバランスを崩す。道中は中段につけるも4コーナーでの手ごたえは決して良くはない。

多くの人が「ひょっとすると負けるかも」と思ったに違いない。

しかし、ここからがディープインパクト。直線に入ってエンジンがかかると、刹那後続を置いてけぼりに。ファンの心配も杞憂に終わる完勝で穴党の淡い欲目は霧散した。

ディープインパクトはオレンジの帽子、7枠14番です。

続くダービー、JRAが公式に「ディープインパクト等身大フィギュア」を作って展示してしまうほどフィーバーは過熱。

レースが始まる前に胴元が一出走馬の等身大フィギュアを作って展示してしまう、というのはよく考えれば結構な炎上案件にもなりかねないのだが、ディープインパクトにはそれをさせてしまうだけの魅力、それを納得させてしまうだけのスター性が確かに備わっていた。

そんな周囲の期待を知ってか知らずか、ダービーでのディープインパクトはやや入れ込み気味だった。それは落ち着きのなさから来ているというより武者震い、走りたくてうずうずしているという感じに見えた。

レースは武豊騎手がソロっと出して後方から。道中は馬群に入れて、武豊騎手としては「いつ外に出そうか」と気を伺っている感じ。「(他の馬から不利を受けない)外に出してしまえば勝てる」という余裕が見てとれる。

狙い通り早めに3コーナー手前から外に出して進出を開始。直線ではディープインパクトの戦法とは真逆、「何が何でも最短距離を譲らない」とばかりに内ラチぴったりを回ってきて粘りこみを図るインティライミと佐藤哲三のコンビをあっさり交わし切ってそこからは独走。みんなの期待に応えるダービー制覇となった。

ディープインパクトは3枠5番、赤い帽子です。

横山典弘渾身の騎乗もあっさり切って捨てて三冠達成

僕が「歴代の競馬の中で一番印象に残る好騎乗は何ですか?」と聞かれると必ず「横山典弘が菊花賞でアドマイヤジャパンに乗った時です。」と答えるようにしている。

まぁ、実際にはそんな質問されたことは一度としてないのだが、それくらいアドマイヤジャパンで菊花賞に参戦した時の横山典弘騎手の騎乗は素晴らしいものだったと思う。

大逃げを図るシャドウゲイトの真後ろをぴったりと追走し、終始内ラチぴったり。2周めの3コーナーから徐々に仕掛けると4コーナー入り口で先頭に立つ競馬で後続にセーフティーリードをつける。

京都コースは3コーナーから4コーナーまで坂を下る形態になっており、最後の直線は平坦で坂がない。つまり、持続的に脚を使える馬ならば、坂の下りで勢いをつけてしまえば、ゴールまで惰性で走り切ってしまえるコースである。

つまり、「スタミナはあるけどスピードが少し足りない馬」で「スピードのある馬」を負かすにはアドマイヤジャパンで横山典弘騎手がとった作戦は最善手で、実際横山典弘騎手はこれに近い作戦でいくつも京都長距離の大レースで勝利を収めてきた。

実際、アドマイヤジャパンが出走した2005年の菊花賞は、この馬の勝ちパターンで進んでいた。

そんな横山典弘騎手の渾身の騎乗を大外から余裕綽々とディープインパクトはとらえきった。

このレースで、ディープインパクトに乗る武豊騎手は折り合いに苦労していたように僕の目には映った。

もちろん「武豊騎手だから折り合えた」というのはあるのだが、それでも「被害を最小限に食い止められた」に過ぎず、決して満点といえる競馬ではなかったと思う。

それで、100点どころか120点をあげていい競馬をした馬を悠々と差し切ってしまうのだから、この勝利がいかに化け物じみているかわかるだろう。

かくして、ディープインパクトはダービーでも菊花賞でも、騎乗技術も「ディープインパクトを負かしてやろう」という野心もある騎手と強い馬が100点を超える競馬をしたのにもかかわらず、それを退けて三冠を達成したのである。

ディープインパクトは4枠7番の青い帽子。アドマイヤジャパンは3枠6番の赤い帽子です。

今日はここまでです。3歳の有馬記念から引退、種牡馬としてのディープインパクトとまとめは明日以降の後編で書きたいと思います。

よろしければ引き続き読んで頂けると嬉しいです。

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