追悼ディープインパクト~後編~
ディープインパクト追悼記事の後編です。
前編はこちらのリンクを参照ください。
初めての対古馬戦、初めての敗北
菊花賞でシンボリルドルフ以来21年ぶり2頭目の「無敗での三冠」を達成したディープインパクトは、次走を有馬記念に定め、初の古馬との戦いに挑むことになる。
この頃には競馬ファンだけでなく、普段競馬を見ないような人の間でも「ディープインパクト」の名前は知られるようになり、年末の一大イベント有馬記念は「ディープインパクトがどんな勝ち方をするのか見るレース」という様相だった。
レースが始まると、タップダンスシチーが逃げる展開。ディープインパクトは後方からレースを進める。3コーナーから外目を侵出し始めると、4コーナーでは先頭を射程圏に入れ、誰もがあの飛ぶような走りを見せてくれると思った。しかし……、
直線、確かに伸びてはいる、しっかりと伸びてはいるのだけれど、いつもの「飛ぶ」と評された走りではない。粘るコスモバルクやリンカーンをしっかりと捕らえたものの、それまでの追い込み策を捨て先行策に打って出たハーツクライを中々捕らえられない。
そのまま差は詰まることなくゴールを迎え、観客席は有馬記念のゴール後とは思えないくらい静まり返っていたように感じた。
ディープインパクト初黒星の瞬間だった。
余談だが、この時ハーツクライとルメール騎手は、先ほども言った通りそれまでの追い込み策を捨て、先行策で勝利をおさめているが、インティライミと佐藤哲三騎手やアドマイヤジャパンと横山典弘騎手のような「何とかディープインパクトを負かしてやろう」という野心のようなものはあまり感じなくて、「馬の力を最大限に生かそうと思ったらこうなりました」という乗り方に見えた。
常識や固定観念にとらわれないルメールの騎乗。これがディープインパクトを負かした最大の要因だと思うし、今ルメールがあれだけ勝てているのも頷ける気がする。
さらなる高みへ…。古馬になったディープ
「ディープって案外大したことないんじゃないか。」
「同世代のレベルが低かったのでは?」
有馬記念に敗れたことで、少数ながらこういった意見もチラホラ聞こえるようになった。
そんな声に抗うようにディープインパクトは再び快進撃を始める。
復帰戦となった阪神大賞典。この日の阪神競馬場の芝は、前日まで降っていた雨の影響で水を多く含み、パワーの要る馬場になっていた。
レースはいつも通り、後方から進め3コーナーから4コーナーで上がっていく捲りの形。仕掛けはやや早めだった。
「この馬場で捲っていって大丈夫なのか?」
そんな心配をよそにディープインパクトの脚色は衰えない。3馬身半差の圧勝。
「あの小さな体のどこにそんなパワーが眠っているんだ」
僕はただただ驚嘆した。
続く春の天皇賞。阪神大賞典とは打って変わり、水はけがよくスピードがノリやすい超絶なる高速馬場。ただ、この馬場は軽い走りをするディープインパクトには合っているだろうと思った。
いつも通り後方からレースを進めるディープインパクトだったが、残り1000mからスーッと外目を上がっていくと、残り600m地点では先頭に立つ。
誰もが「いくら何でも(スパートするのが)早過ぎる」と感じ、直線失速するのではないかと恐れた。
しかし、直線に入ってもやはりと言うべきかディープインパクトの脚色は衰えることを知らず、むしろ後続との差は開いていく。ゴールにおいては2着馬と3馬身半差、3着馬とは8馬身以上の差をつけての圧勝。勝ちタイム3.13.4はワールドレコードだった。
「化け物だ……。」
誰もがそう思った完勝で、世界最高峰の舞台「凱旋門賞」への期待は一層膨らんだ。
雨の中行われた宝塚記念はディープインパクトの壮行レースといった雰囲気だった。
いつも通り後方からレースを進め、3コーナーから4コーナーにかけて前との差を詰め、直線大外をぶっこぬく。
それが当たり前のことのようにあっさりと勝利をおさめた。
「機は熟した」
凱旋門賞へ向けて視界が明るくなるレースだった。
日本中が刮目した凱旋門賞
ディープインパクトが凱旋門賞に挑戦する。
それは前編冒頭でも述べた通り、日本中が注目する一大イベントだった。
レース前にはワイドショーが特集を組み、スポーツ新聞は連日ディープの様子が伝えられ、当日の中継もいつも日本馬が出走する凱旋門賞では中継をしているフジテレビ系列だけではなくNHKも生中継を実施していた。
凱旋門賞。ゲートが開くとディープインパクトはいつもより前目の位置でレースを進める。やや行きたがるそぶりを見せるところもあったが、武豊騎手が懸命になだめ、折り合いはついているように見えた。
凱旋門賞が行われるロンシャン競馬場には最終コーナーと最後の直線の間に「フォルスストレート(偽りの直線)」と呼ばれる直線コースがある。定石ではそこで仕掛けると最後の最後で脚が持たなくなると呼ばれるところだ。
そこでも武豊とディープインパクトはスパートを我慢し最後の直線にかけた。
最後の直線。ディープインパクトは満を持して追い出す。馬場が合わないのか、はたまた相手が強いからか、日本で走っている時のように簡単には抜け出せない。レイルリンクとの激しい叩き合いが続いた。
残り100mを切ったところでディープインパクトの脚が上がる。レイルリンクに離されると、1番人気ハリケーンランプライドにも交わされ3着入線。テレビからでも日本の競馬ファンの溜息が聞こえてくるようだった。
※凱旋門賞馬の2着馬はハリケーンランではなくプライドでした。お詫びして訂正いたします。申し訳ございません。(7/31,21:23追記)
そして、レース後しばらくして衝撃のニュースが飛び込んでくる。
「ディープインパクト、薬物により凱旋門賞失格」
捲土重来を期したラスト2戦
このニュースを聞いた時、生まれて初めて「血の気が引く」という感覚を味わった気がする。
本当に全身の血液が、それに伴って筋肉から力が抜けていく気分。それはまさしく「血の気が引く」としか言いようのないものだった。
「ディープインパクトのこれまでが全否定されてしまうのではないか」
そんな恐怖に僕は襲われた。
不幸中の幸いと言うべきか、ディープインパクトの薬物は意図して混入されたものではないらしく、ディープそのものに大きな傷がつくものではなかったと思うが、それでもその業績に少しのミソが付いたのは間違いない。
同時期に年内での引退も発表され、残り2戦は自信の名誉のために「絶対に負けられない戦い」となった。
迎えたジャパンカップ。頭数は少ないながらも、相手には、前年の有馬記念でディープインパクトを破った後、海外G1も制したハーツクライ、一歳下の二冠馬メイショウサムソン、イギリスの名牝ウィジャボードと強豪が揃っていた。
いつも通りゲートをゆったりと出たディープインパクトは例によって後方からレースを進める。レースはスローで流れるものの、武豊騎手は慌てることなくじっと折り合いに専念する。
直線、外に出す。動き自体は悪くないが、いつもより反応は悪い気がする。武豊騎手がムチを使う回数もいつにも増して多い。
それでも最後は「力でねじ伏せてやる」と言わんばかりにグイと伸びて差し切り勝ち。とりあえずの捲土重来は叶った形になった。
だが、僕はほんの少し物足りなさも残った。
「ディープインパクトならもっとすごい勝ち方が出来るんじゃないか」
引退レースとなった有馬記念。僕は最後にディープインパクトの爽快な勝ちを見たいと願った。
だが不安要素もあった。苦戦した弥生賞、日本で唯一敗れた前年の有馬記念。いずれも中山競馬場だった。
ディープは中山で弾けることが出来るのか。
少し不安な気持ちを抱えたままゲートは開いた。
もちろんと言うべきか、ディープインパクトは後方からレースを進める。3コーナーから4コーナー外を捲っていく脚を見て、誰もが勝利を確信した。
本当に飛んでいるかのような走り。ファンが望んでいたディープインパクトの姿だった。
直線はその「飛ぶような走り」を堪能する時間だった。
その距離310m。時間にして大体17秒。芸術品のような走りにファンは酔いしれた。
種牡馬としてのディープインパクト
その後、ディープインパクトは種牡馬となり、牝馬三冠を達成したジェンティルドンナを筆頭に数々のG1馬を輩出した。
のだが、個人的にはディープインパクトの種牡馬としての実績は物足りないと思っている。
確かに多くのG1ホースを輩出してはいるが、G1を3勝以上しているのがジェンティルドンナだけというのはやや寂しい。
期待値が高すぎるというのもあるだろうが、父であるサンデーサイレンスは、ディープインパクトはもちろん、スペシャルウィーク、ゼンノロブロイなどG1を3勝以上した馬を数多出している。
残された産駒からそんな馬が出てくるのを期待したい。
最後に
「ディープインパクト死去」と言う報を聞いて、Twitterでそのことについて呟くと、30もの「いいね!」を頂くことが出来た。
その「いいね!」の中にはゲームやカープで繋がった方も大勢おられ、普段競馬に興味のない方にも「ディープインパクト」という名前が知れ渡っていたんだなぁと改めて感じました。
中には、全く競馬を知らない方もディープインパクトについてtweetされている方もおられました。
それだけ人々に影響を与えたディープインパクト。心よりご冥福をお祈りいたします。
ありがとう!ディープインパクト!!