稀代のじゃじゃ馬娘

こんちわ~す。館山速人で~す。

アシスタントの大澄晴香です。今日のブログのテーマは何ですか?

今日は先日亡くなったスイープトウショウの思い出を語っていくよ。

スイープトウショウですか。個人的にあんまり良いイメージのない馬ですね。

そうなの?別に俺っちはそんなことないけど。

そうですか?調教を拒否するとかワガママじゃじゃ馬娘って感じがしてあんまり好きじゃないタイプですね(あの娘がいなければ私はG1馬になれたのに……。)

何か私怨に近いものを感じるけど、早速話をはじめていくよ。

エンドスウィープのイメージを変えた馬

個人的にスイープトウショウは「エンドスウィープのイメージを変えた馬」だと思うんだよね。

エンドスウィープと言えば、スイープトウショウの他にもアドマイヤムーンやラインクラフトなど様々なG1ホースを送り出した名種牡馬ですね。

今はそういうイメージもついたけど、当時のイメージはサウスヴィグラスを筆頭にスタンドオンエンドやエンドレスデザートなど「ダート短距離」が主戦場。芝で走る馬がいたとしても小倉3歳S(当時)勝ちのアルーリングアクトやもみじS勝ちのエンドアピールなど短距離がメインで、こう言っちゃなんだけど「早熟」のレッテルが貼られていた。

だから、スイープトウショウがファンタジーSとか紅梅Sを勝っても「どうせクラシック本番では来ないでしょ。だってエンドスウィープだもん。」くらいにしか思ってなかった。桜花賞で5着に敗れた時も「そらそうだよね。」という感想を持った記憶がある。

だけどその後芝2400mに距離が延びたオークスをメンバー中最速の鋭い末脚で追い込んで2着。夏を挟んだ秋華賞は短い京都内回りの直線で、4角ほぼ最後方の位置取りから大外一気の末脚で全馬を飲み込み快勝。血統派の目を丸くさせた。

その勢いは古馬になっても衰えることを知らず、翌4歳の春シーズンは復帰初戦の都大路Sこそ5着に敗れたものの、次走安田記念は10番人気の低評価をあざ笑うかのように2着。そして、スイープトウショウは次の目標として宝塚記念委照準を定める。

この年の宝塚記念は、前年の宝塚記念覇者で金鯱賞3連覇をステップにこのレースに挑むタップダンスシチーと前年秋に天皇賞秋、ジャパンカップ、有馬記念のいわゆる「古馬3冠」を達成してゼンノロブロイが人気を二分していた。その他にも前年のダービー2着馬ハーツクライ、2年前の菊花賞2着馬リンカーン、エリザベス女王杯連覇のアドマイヤグルーヴに牝馬三冠馬スティルインラブなど豪華メンバーが揃っていた。

スイープトウショウはいつもよりはやや前目で競馬を進める。逃げたのはシルクフェイマスだったが、タップダンスシチーが早めにそれを捕らえにいき「緩みのないペースに持っていき後続になし崩し的に脚を使わせて粘りこむ」と言う、自身のタフさを最大限に生かせる消耗戦に持っていこうとする。

その為か3角から4角にかけて各馬押して押して追走していく形になる中、持ったまま涼しい顔でポジションをあげていったのがスイープトウショウだった。

直線もこの馬の持ち味である鋭い末脚をいかんなく発揮、並み居る牡馬を蹴散らして見事宝塚記念を制覇した。

歴史的に見ればこの勝利は後にウオッカ、ダイワスカーレット、ブエナビスタにジェンティルドンナと「牝馬でも古馬中長距離G1において牡馬と対等に渡り合える」事例の先駆けと言え、牝馬の時代の幕開けと言えるレースだろう。

牝馬らしい末脚を持った馬

スイープトウショウ自身の長所と言えばどういったところでしょう?

やっぱりその鋭い末脚だと思うよ。

それを象徴するようなレースが、宝塚記念を制した年の秋に勝ったエリザベス女王杯。

このレースは前年2着のオースミハルカが思い切った逃げを打ち、終始後続馬群と一定のリードを保っていた。

レースラップは12.3-10.9-11.9-12.4-12.5-12.5-13.3-12.0-11.5-11.1-12.1と「スタート直後にグッと差をつけて道中はしっかりと息を入れる」と言う大逃げ馬のお手本のようなレースぶり。本来であればオースミハルカが完全に「支配した」と言っていいレース。

それを「末脚の鋭さ」だけでねじ伏せる豪快な勝ちっぷりで改めて「スイープトウショウ、ここにあり」を示したレースと言えるだろうね。

何度見ても忌々しい末脚ですね。

まぁ、君から見ればね。

「じゃじゃ馬娘」と言う言葉がぴったりはまる馬

スイープトウショウと言えばレースで見せた強さももちろんだけど、レース外での「ワガママぶり」もたびたび話題にのぼる馬だった。

2005年の天皇賞秋では返し馬で池添騎手を乗せるのを頑なに拒否。馬と騎手が別々に待機所へ向かうと言う前代未聞の光景が見られた。池添騎手一人待機所へ向かう絵面はなかなかシュールなものだった。

2007年の秋は京都大賞典をステップにG1路線へと言うローテが予想されていたけれど、京都大賞典の追い切り時に馬場へ出ると全く動かなると言ういわゆる「調教拒否事件」を起こし仕方なくこのレースを回避。本当の意味での?「調教代わり」にスワンSを使ってエリザベス女王杯は向かうと言う異例のローテがとられた。

人間から見ると「男を振り回す悪女」的なキャラクターがあったのもこの馬の魅力の一つになったんだと思う。

これからは天国で、自身の気が向いたときだけかけてほしい。

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