華麗なる芦毛の逃亡者~思い出の菊花賞1998年~

こんちわ~す。館山速人で~す。

アシスタントの大澄晴香です。今週末は3歳牡馬クラシック最終戦の菊花賞ですね。

そうだね。昔から「最も強い馬が勝つ」と言われるレース。決して上がり3Fだけで決まるようなレースではなく白熱のレースを見せてほしいね。

館山さんの思い出の菊花賞ってどんなレースなんですか?

オルフェーヴルやディープインパクトが三冠を決めたレースも捨てがたいし、ヒシミラクル、ゴールドシップと言った個性が真価を発揮したレースも語りたい。でも、今回取り上げるのは98年の菊花賞だよ。

このレースにはウマ娘にも登場したセイウンスカイが勝ったんですよね。

その勝ち方が「強い」というのはもちろん「美しい」とも感じさせる見事な勝ち方だったからね。印象に残っているよ。

という事で今回の「思い出の菊花賞」の記事は1998年の菊花賞を勝ち馬であるセイウンスカイの来歴を中心に語っていくよ。

生き別れになった?父の名をあげる大活躍

ウマ娘に登場される馬の紹介をする際は、館山さんの「オリジナルキャラ付け」というのもやっていますが、セイウンスカイの場合はどういうキャラクターになるんでしょうか?

ずばり、「生き別れになった父親を捜している」だね。

本家ウマ娘ではスペシャルウィークも幼くして母を亡くしている設定でしたよね?

そうだね。スペシャルウィークは本家の方も幼くして母を亡くし、乳母や人の手によって育てられた馬だからね。そこを意識した作りだったんだろうね。

実はセイウンスカイにもそれと少し重なる部分があるんだ。

と言いますと?

セイウンスカイの父シェリフズスターは現役時代コロネーションカップやサンクルー大賞を勝ったヨーロッパのG1ホースで引退後は西山牧場で種牡馬として繋養されていたんだ。

繋養当初は期待されていた種牡馬だったんだけれど、それに反して活躍馬は出てこなかった。当時の西山牧場はたくさんの繁殖牝馬、種牡馬を抱え、大量生産の方針を採っていたけれど、それが経営を圧迫していたとも伝えられる。

牧場経営の主導が当時の西山正行氏から息子の西山茂行氏に移ると、それまでの大量生産体制から少数精鋭へと舵が切られた。その過程でセイウンスカイの父であるシェリフズスターも売却されることになり、その後は行方知れずになったんだ。

結果を残せないと容赦なく淘汰される……、やっぱり種牡馬の世界は厳しいですね。

そういった経緯もあるからデビュー当初セイウンスカイの期待値というのは決して高いものではなかった。

しかしセイウンスカイはデビューから新馬戦→ジュニアカップを連勝、続く弥生賞でもスペシャルウィークの鬼脚に屈したとはいえ2着を確保。一躍クラシックの有力馬に躍り出た。

迎えた皐月賞では鞍上に横山典弘騎手を配し万全の態勢で挑み快勝。「失敗種牡馬」の烙印を押された父の汚名をすすぐ形になったよ。

秋になって見つけた新たな「型」

ダービーは4着とスペシャルウィークの後塵を拝する形になったセイウンスカイは秋になって競馬っぷりをガラッと変えてくる。

それまでのセイウンスカイは逃げと言ってもどちらかと言えば溜め逃げに分類される馬で、場合によっては番手から競馬をすることもあった。

しかし、秋初戦となる京都大賞典でセイウンスカイはそれまでとは一味違う競馬を見せる。

ちょっと待ってください。京都大賞典って菊花賞まで中1週ですよね?そんなローテーションを組んでたんですか?

この当時は菊花賞が天皇賞・秋の1週後に行われていて、菊花賞の最重要ステップレースは京都大賞典の1週後に行われる京都新聞杯だったんだ。

そうなんですね。脱線失礼しました。

話を戻すと京都大賞典からセイウンスカイと横山典弘騎手が採った作戦は「スタトから引き離して逃げ、道中は少しペースを緩め直線再度引き離す」という戦法。

実際、京都大賞典では天皇賞・春勝ち馬メジロブライト、有馬記念勝ち馬シルクジャスティス、その年の天皇賞・春、宝塚記念で2着に入ったステイゴールドを相手に、2コーナーで10馬身以上の差をつける大逃げを慣行。4コーナーでは一馬身差まで差を詰められるも、直線では再加速。最後はメジロブライトの追撃をクビ差しのぎ切った。

このレース動画で見返してみると横山典弘騎手の度胸と馬に対する信頼が垣間見れる。

どういうことですか?

だってふつう10馬身以上の差をつけて置きながら、4コーナー手前で1馬身差まで引くつけるなんて怖くてできないと思うよ。そこから横山典弘騎手の心臓の強さと、「この馬ならここまで引き付けても直線交わされないだろう」という自信があったんだろうね。

続く菊花賞、セイウンスカイはスペシャルウィークに続く2番人気に支持された。

京都大賞典と同じようにセイウンスカイは大逃げの形をとる。やや後ろにレオリュウホウはいたものの、スペシャルウィーク、キングヘイローと言った有力馬が位置取る馬群とは大きな差があった。

最初の1000mのラップタイムが13.3-11.5-11.7-11.7-11.4の59.6と1分を切るハイペースだった。

2コーナー。すぐ後ろにつけるレオリュウホウが明らかに折り合いに苦労している中、セイウンスカイは実に悠々と、気持ち良さそうに走っていた。それは名実況で知られる杉本清氏に「(横山典弘騎手の心境としては)シメシメという感じでしょうか」と言わしめるほどだった。

1000m地点から2000m地点までのラップタイムが12.1-13.1-13.5-12.7-12.9の64.3。まさに横山典弘騎手としては「シメシメ」という気持ちだっただろうと想像できるほど見事にペースを落としている。

3コーナー。京都大賞典の時とは違い坂の下りからロングスパートを仕掛けると、直線入り口では後続に5馬身ほどの差をつけると、直線に入ると再加速。直線半ばではセーフティーリードをつける。スペシャルウィークが最後の最後最速上がりで差を詰めるも時すでに遅し。3馬身半差の逃げ切りだった。

ラストの1000mのラップタイムは12.3-11.9-11.6-11.5-12.0で59.3。走破タイムの3.03.2は当時の世界レコードを記録した。

菊花賞の逃げ切りってあんまり見ない気がするんですけど、珍しいことなんですか?

セイウンスカイの逃げ切りは菊花賞ではハククラマ以来38年ぶりで、それ以降も4角先頭という競馬はあるけれど、スタートからゴールまでずっと先頭を走り続ける純粋な「逃げ切り」はこれ以来ない。いかに「菊花賞を逃げ切ること」が難しいかわかるよね。

ドラマは繋がっていく

古馬になってのセイウンスカイはG1こそ勝てなかったけれど、日経賞や札幌記念を勝つなど活躍。2001年の天皇賞・春を最後に引退したよ。

行方知れずになったシェリフズスターはその後どうなったんですか?

真偽は必ずしも明確ではないけれど、2005年9月号の『サラブレ』によると、売却後ある育成牧場で草競馬での復帰を目指した調教中に亡くなったとされているよ。消息不明になった馬についてここまで耳目を集めることになったのは異例な事でこれもセイウンスカイの活躍による影響が大きいだろうね。

セイウンスカイ自身の種牡馬成績はどうだったんですか?

正直世に名前が出るほどの馬は出なかったんだけど、その血は脈々と受け継がれていて、今年の菊花賞に出走するニシノデイジーはセイウンスカイのひ孫にあたる血統だよ。馬主である西山さんにしても思い入れのある血統だろうからこの菊花賞にかける思いは強いだろうね。

という事は館山さんの菊花賞の本命はニシノデイジーなんですか?

ふっふっふっ。それは土曜日のブログをお楽しみに。

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