三冠挑戦物語~メイショウサムソン編~

こんちわ~す。館山速人で~す。

アシスタントの大澄晴香です。今日は短期集中連載「三冠挑戦物語」の牡馬編第2弾です。今日紹介していただくのはどの馬でしょう?

今日紹介するのは2006年の二冠馬

メイショウサムソン

だよ。

ディープ三冠の次の年に二冠を獲った馬ですね。

そうそう。年は近いけどイメージとしてはディープインパクトとは対照的なんだよね。何と言うかディープインパクトより「年上感」がある。

いますよね。現実にも「実年齢より上に見える人」って。

そういうの馬の世界にもあると思っていてメイショウサムソンがまさにそんな感じなんだよね。俺っちの中で。

それでは早速「実年齢より上に思える」名馬、メイショウサムソンを紹介していきましょう。

クラシック前

これまで「三冠挑戦物語」で紹介してきた馬は牡馬編、牝馬編を含めてみんな三冠最初の関門である桜花賞、皐月賞の時は「主役」もしくは「混戦の中の主役候補の一頭」だったと思うんだけど、メイショウサムソンに関しては、皐月賞前は明確に「脇役」と言う立ち位置だったと思う。

では「クラシックの主役」と考えられていたのはどういった馬でしょう?

当時の流行の再先端を行くような良血でもなかったし、無敗でクラシックに挑むという感じでもなく勝率は5割にも満たなかったし、鞍上も当時JRAのG1を勝ったことがなかった石橋守騎手だったし当然と言えば当然なんだけどね。

まずはアドマイヤムーンだね。父はエンドスウィープ、母のマイケイティーズはヒシアマゾンやスリープレスナイトと同じ牝系で皐月賞前に重賞を3勝。連を外したことがなく鞍上も天下の武豊!

あとはフサイチジャンク。セレクトセールで3億円を超える金額で落札されたり、テレビ番組の企画で名前を付けられたりとデビュー前からとにかく注目度の高い馬で、その期待に応えデビューから4連勝で皐月賞に駒を進めてきたサンデーサイレンス産駒の良血馬。

前評判ではこの2頭が常に中心にいたのが2006年のクラシックと言うのが俺っちの記憶だよ。

皐月賞・ダービー

迎えた皐月賞。1番人気は前哨戦の弥生賞を制したアドマイヤムーンで2.2倍。2番人気は4戦4勝のフサイチジャンクで5.6倍、2歳チャンピオンのフサイチリシャールがそれに続く3番人気で7.2倍、以下サクラメガワンダー、ジャリスコライト、メイショウサムソンと続く人気順。

館山さんの本命はどの馬だったんですか?

どうだったかなぁ~?この頃は俺っちもまだ学生で馬券は買えなかったからはっきりとは覚えていないけど、アグネスタキオン産駒のショウナンタキオンを応援していたと思う。

レースはフサイチリシャールが3角出口から早めにスパートして先頭に立つんだけど、直線はそれをピタッとマークしていたメイショウサムソンが力強い末脚で抜け出して勝利。石橋守騎手はデビュー22年目にして初めてのJRA・G1制覇となった。

まさに叩き上げって感じですね。

それはメイショウサムソンにも言えることで、クラシック本番までに9戦も走った皐月賞馬なんて今じゃ考えられないしね(2019年の皐月賞馬サートゥルナーリアなんてケガしたわけでもないのに今年の宝塚記念でやっと10戦目だし)。人馬ともに「叩き上げ」という言葉が似合うコンビだったね。

2着には内ラチの狭いところを上手に縫ってドリームパスポートが差し込んで馬連13,980円の万馬券になった。

二冠馬の三冠初戦で万馬券って珍しい気がしますね。

後から振り返ってみるとメイショウサムソンがきさらぎ賞2着→スプリングS1着、ドリームパスポートがきさらぎ賞1着→スプリングS3着だからこの2つのレースのレベルが高いと読んでいれば、そう難易度は高くない万馬券だったんだけどね。レースレベルの比較が重要なことを改めて知らしめた皐月賞だったよ。

続くダービー。メイショウサムソンは単勝オッズ3.8倍の1番人気に支持されると、皐月賞と同じように4コーナーで逃げ馬を射程に捉える王道競馬を展開。直線半ばで逃げるアドマイヤメインを捕まえるとゴール直前は手綱を緩める余裕を見せつけ第73代日本ダービー馬の栄誉を手にした。

着差こそ大きくないですけど強さを感じる勝利ですね。

それこそがメイショウサムソンの最大の魅力だと思うんだよね。ディープインパクトのような派手な直線一気はないけれど、競馬が上手くてコースや展開を選ばずに力を発揮できる。玄人好みの馬って言うイメージだね。

それは鞍上の石橋守騎手にも言えることで、メイショウサムソンの皐月賞までにG1制覇こそなかったけれど、ライブリマウントとのコンビで交流重賞を獲りまくったりいぶし銀の腕を持った騎手って言うイメージがある。そういう「見た目の派手さ」にとらわれない実力主義のコンビって感じだね。

三冠のかかる菊花賞

三冠のかかる秋、メイショウサムソンは今年と同じように中京競馬場で行われた神戸新聞杯で始動し2着。敗れたとはいえ叩き良化型と見られていただけにそれほど評価は落ちず、本番は単勝オッズ2.0倍の一番人気で迎えることになった。

メイショウサムソン自体はいつもの好位抜け出しの、いわゆる王道競馬をしたんだけど、アドマイヤメイン奇襲の大逃げで仕掛けどころを見誤ったのか、それとも単に距離が長かったのか、皐月賞やダービーで見せた直線での力強い伸びは見られず、アドマイヤメインを捕らえられず、ソングオブウインド、ドリームパスポートと直線まで脚を溜めていた差し馬にも交わされ4着と敗れた。

勝ちタイムの3.02.7は当時のコースレコードだったんですよね。

それだけハイペースでアドマイヤメインが逃げてたってことになるよね。好位で早めに先頭を捕らえに行くスタイルだっただけにレースとしてはやりにくかっただろうね。メイショウサムソンは翌年天皇賞春を勝つことになるからスタミナ不足ってことは考えにくいから、展開に泣いたのが敗因じゃないかなぁと思うよ。

その後

その後のメイショウサムソンは翌年の天皇賞を春秋連覇。スタミナとスピード、両方に優れた馬であることを証明した。惜しむらくはその全盛期である2007年に馬インフルエンザの影響で凱旋門賞への遠征を断念したこと。翌年改めて遠征したものの全盛期の力はなく敗れてしまったけど「もし、4歳時に遠征出来ていたら」と思わずにはいられないよ。この馬ならパワーのいるヨーロッパの馬場も苦にしなかっただろうしね。

やっぱり流行り病とかがあると色々なところに影響が出てきますね。

そうだね。昨今の競馬も早くコロナ禍が治まって元の開催に戻ることが望まれるね。

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