黒い馬体に映える黒帽~オークス観戦録~

俺っちが競馬を愛する一つの要因に「血のつながり」があげられる。

競走馬は一般的に2歳から3歳のうちにデビューし、大体2年~4年で引退を迎える。引退した馬がに子供が出来てデビューを迎えるまで3年かかるとして、現役時代を知っている馬の子供がデビューするのに10年とかからない。

この「スパンの早さ」は親子何世代にもわたって応援できる競馬の魅力の一つであり、あくまで競技者が人間である競輪や競艇、オートレースと言った他のギャンブルはもちろん、野球やサッカーといったスポーツではなかなか感じることのできない唯一無二のもの。

「推しの孫や曾孫を応援できる」

競馬以外では歴史マニアか「ジョジョの奇妙な冒険」くらいでしか出来ないことが、競馬では可能なのである。

オークスを勝ったデアリングタクトの血統も輝かしいものであり、父は菊花賞とジャパンカップを勝ったエピファネイア、その母は日米両方のオークスを勝ち、アメリカ人アナウンサーに「ジャパニーズスーパースター」とまで言わしめたシーザリオ、その父は武豊に初めてダービージョッキーの栄誉をプレゼントし、アニメ「ウマ娘」の主人公のモデルにもなった近代競馬でも屈指の人気を誇るスペシャルウィーク。

父方の血だけでもこれだけ豪華なのだが、母方の血も負けず劣らずで母の父は史上初めてNHKマイルカップと日本ダービーのいわゆる変則二冠を達成したキングカメハメハ、母の母は先述のシーザリオと同期でG1レースで幾度と上位争いをしたデアリングハートと十年来の競馬ファンからすれば胸が熱くなるような血の持ち主なのである。

そのデアリングタクトには血にまつわる不思議なジンクスがある。デアリングタクトの父エピファネイアも、その母シーザリオも東京芝2400mで行われるG1を勝っているのだが、いずれも枠順が「2枠4番」だったのだ。

そして、さらに不思議なことに3頭ともが2枠の枠帽である黒が映える黒光りするような馬体をしているのだ。

祖母・シーザリオ

デアリングタクトから見て祖母にあたるシーザリオは競走馬でも珍しい青毛の持ち主。この青毛はサラブレッドの毛色の中でも最も黒いとされる毛色で、実際シーザリオも漆黒で見栄えのする馬だった。

デビューから重賞のフラワーCを含む3連勝を決めたシーザリオは桜花賞でラインクラフトの2着に敗れた後、オークスに参戦。デビュー2戦目で2000mの距離を走るなど東京2400mで行われるオークスに照準を合わせてきたこと、また桜花賞馬のラインクラフトが距離を理由に出走を見合わせたこともあって、単勝1.5倍の1番人気に支持された。

しかし、レースは一筋縄でいかなかった。直線が525.9mと長い東京コースとは言え、4コーナーでは18頭中12番手と言う後方の位置取り。しかも前には馬群が密集し簡単に抜け出せるとは思えない状況。

残り400m出前は開いたものの、残り400m地点から残り200m地点での先頭を走っていた馬のラップタイムが10.9と前が止まらない状況。差はなかなか縮まらず、残り200m地点でもまだ先頭とは4馬身ほどの差があり、シーザリオより先にスパートをかけて前を追っていたエアメサイア、ディアデラノビアの手応えもまだ十分に残っていた。

これはシーザリオやばいんじゃないか……。

誰もがそう思った。

ただ、ここからのシーザリオが凄かった。前を行くディアデラノビアがやや外にもたれ気味に走っていたことで決してスムーズに走れていたとは言えない状況だったにもかかわらず、460キロの真っ黒な馬体を目一杯使って一歩一歩差を詰めると、逃げていたエイシンテンダー、先に抜け出しをはかったディアデラノビア、エアメサイアをゴール直前でまとめて差し切ってみせた。

「これは強い」誰もがそう認める勝ち方だった。

父・エピファネイア

その9年後。今度はその息子エピファネイアが同じ東京2400m、ジャパンカップの舞台に立った。

エピファネイアは青毛だった母とは違い鹿毛だったが、一般的な鹿毛よりも黒みがかって見え、栗毛や一般的な影の馬と比べると500キロ近い雄大な馬体も相まってその黒さが映える馬だった。

当時のエピファネイアはその馬体をフルに生かしたダイナミックな走りでG1タイトルも手にしていた一方で、レースに対して前向きすぎる気性面が災いしてか安定してそのポテンシャルを発揮することが出来ていないように映り、何とも歯がゆい馬だったが、このジャパンカップはその「眠っていたポテンシャル」がフルに発揮されるレースとなった。

名手スミヨンの手綱に操られたエピファネイアは道中逃げ馬のすぐ後ろにつける絶好のポジションをキープ。終始「俺はもっと速く走れるぜ」と語るようにずっと行きたがる素振りを見せていたが、それをスミヨンが「まだだ、まだ我慢だ」と懸命になだめながらの追走。

最後の直線。前が開きスミヨンが手綱を緩めると、解き放たれたかのようにエピファネイアがあっという間に後続を置き去りし、4馬身差の圧勝をおさめた。

この年のジャパンカップは前年の過去2年ジャパンカップを連覇していた牝馬三冠馬ジェンティルドンナ、その年のドバイデューティフリーを圧勝し、ワールド・サラブレッド・ランキングで日本馬史上初めて単独1位の評価を受けたジャスタウェイ、3歳牝馬ながらその年の凱旋門賞に挑戦したハープスターなど強豪ぞろいのレースだったが、それでも「ポテンシャルだけならエピファネイアが頭一つ抜けてるんじゃないか」と感じさせるくらいの見事なレースぶり。多くの人は驚嘆したに違いない。

そして、その血はデアリングタクトに……

そして、その娘デアリングタクトのオークスである。

デアリングタクトのオークスもシーザリオのオークスと同じように、決して楽なレースではなかった。

直線入り口ではいまだ後方。残り400m地点を前に外に出そうとしてもなかなか前が開かない。しかし、そこから松山騎手は冷静だった。狙いを外から即座に内に切り替える。前が開くとそこからデアリングタクトの末脚が爆発。追えば追うほど伸びていき、中々逃げ馬が止まらない馬場を利して粘りこみを図るウインマリリン、ウインマイティーの2騎をゴール手前で差し切って見せた。そのレースぶりに祖母であるシーザリオを思い出したファンも多いのではなかろうか。

デアリングタクトの毛色は青鹿毛。祖母であるシーザリオほどではないにしろ、この馬も比較的黒く映る馬体で、2枠の黒い帽子が似合う馬体をしていると個人的には感じている。デアリングタクトがこの枠順を引き、そこを勝ち切ることは「運命の必然」だったのかもしれない。