たった2戦の伝説~思い出のジャパンカップダート~

こんちわ~す。館山速人で~す。

今日は大澄晴香ちゃんにはお休みしてもらって「思い出のジャパンカップダート(チャンピオンズカップの前身レース)」について、俺っち一人で語っていきたいと思います。

今日の思い出のジャパンカップダートは2001年、クロフネがレコード勝ちしたレースを語っていきます(`・ω・´)b。

それでは、早速本編レッツラゴー!

”そのレース”までは俺っちの中で彼の評価は高くなかった

「クロフネとはなんて運命に愛された馬だったんだろう」

クロフネの現役生活を振り返ってみるとそう思わずにはいられない。

クロフネがデビューする前と後で競馬界に起こった大きな変化が2つある。

ひとつは2000年から「ジャパンカップダート」と言うレースが新設されたこと。このレースが出来たことによりJRAのダートG1は2つになり、それまで決して高いとは言えなかった競馬界におけるダート競争の価値が一気に上昇した。

もうひとつは外国産馬、いわゆる「マル外」にクラシックの出走が解禁されたこと。クロフネが3歳になる2001年から日本ダービーと菊花賞に2頭という制限付きではあるが、それまで認められていなかった外国産馬の出走が許されるようになった。

そもそも「クロフネ」と言う名前も「門戸開放元年」から着想を得た名前で、それだけこの馬に対する馬主さんの評価が高かったことがうかがえる。

しかし、俺っちの中でクロフネと言う馬の評価は”あのレース”までそんなに高くはなかった。

確かにレコード勝ちしたエリカ賞や、古馬のレコードに0.3秒差まで迫り5馬身差の圧勝を飾った毎日杯は強さを感じさせるレースだったが、今でも伝説として語り継がれているラジオたんぱ杯3歳Sではアグネスタキオンに一瞬のうちに置いて行かれたし、期待されたダービーでもそのラジオたんぱ杯3歳Sで先着を許したジャングルポケットの牙城を崩すことは出来なかった。

神戸新聞杯でも同じ外国産馬のエアエミネムに敗れ3着。この時には俺っちの中に「この馬は早熟だったのでは」と言う考えがよぎるようになっていた。

そして「運命の刻」は訪れる。本来のローテなら天皇賞を秋の目標に定めていたクロフネだったが、当時の外国産馬の出走枠2枠に入ることが出来ず前日に行われるダート1600mの武蔵野Sに回ることになった。

衝撃のダートデビュー戦

クロフネはそれまでの実績を考えれば当然、初ダートと言う事を考えれば意外と言える1番人気でレースを迎える。

ダート短距離の快速馬サウスヴィグラスが逃げる展開で前半800mは45.9と言うハイペース。それをクロフネは中団からの競馬ながら大きなストライドで向こう正面中ほどから徐々に順位を上げていく。

3角では好位に取り付き4角では先頭のサウスヴィグラスを眼前に捕らえる競馬。普通に見れば明らかな早仕掛け。直線半ばにパッタリと止まってもおかしくないレース。しかし、クロフネは止まるどころかグングン伸びて後続を4馬身、5馬身とリードを広げていく。

なんだコイツは!!

このレースを見た人はすべからくそう感じただろう。

終わってみれば2着との着差は9馬身差。勝ちタイムの1.33.3は前の週に”芝の”1600mで行われた重賞富士Sの勝ちタイムと0.1秒しか変わらなかった。

「クロフネの本質はダートでこそ生かされるのか」と多くの人が思ったことだろう。

衝撃はジャパンカップダートでも

続くジャパンカップダート。この年のジャパンカップダートは前年の覇者ウイングアローにダートで3連勝中のミラクルオペラ、チリの3冠馬でアメリカダートの一級戦で活躍していたリドパレスなど骨っぽいメンバーが揃っており、前走圧勝のクロフネと言えど、500mの距離延長も合わせればそう簡単には勝てないだろうと思っていた。

このレースでもクロフネは武蔵野Sと同じように早めの仕掛け。2角ではすでに外に出して向こう正面で徐々にポジションを上げていく。

3角ではさらにギアを上げ4角手前では先頭に立ち、直線に入った時には後続に2馬身程度差をつけていた。もうここからはクロフネの独壇場。クロフネのペースについていこうと早めにペースを上げていた他の馬が次々とバテていく中、クロフネのスピードは衰え知らず。場内から拍手が起こるほどの圧勝劇だった。

終わってみれば2着と7馬身差。従来のレコードを1.3秒更新するタイムだった。

この勝ちっぷりを見て俺っちは幾多の日本のダートホースたちが跳ね返されてきたドバイワールドカップと言う壁を乗り越えて勝利できるんじゃないかと期待に胸が膨らんだ。

しかし、その後クロフネは屈腱炎を発症。引退を余儀なくされる。引退後の彼は「芝とダート両方走れるオールラウンダー」としての適性を存分に発揮しスリープレスナイトやカレンチャンと言ったG1ホースを輩出。名種牡馬として名を馳せた。

いまだに「あなたがダート最強と思う馬はどの馬ですか?」と言ったアンケート企画では必ず上位に顔を出すこの馬。他のダートの名馬とは違い、たった2戦でそこまで思わせるのは、この2戦のインパクトの大きさを物語っている。語り継ぐべきすんごいレースのひとつであることは間違いないだろう。